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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)9018号 判決

原告

岡庄蔵

ほか一名

被告

オールステート自動車・火災保険株式会社

主文

一  被告は、原告らに対し、各金一二〇〇万円、及び右各金員に対する昭和五八年九月八日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一及び第二項同旨と仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡岡寿光(以下「亡寿光」という。)は、昭和五八年五月一三日午前五時ころ、狭山市大字南入曽五三六番地先路上において、普通乗用自動車(所沢五五せ七六四七、以下「本件車両」という。)を運転中、ガードレールに衝突し、死亡した(以下右事故を「本件事故」という。)。

2  保険契約の締結

亡寿光は、昭和五七年一二月二一日、被告との間で、本件車両につき被保険者を亡寿光、自損事故の場合の保険金額を金一四〇〇万円、搭乗者傷害の場合の保険金額を金一〇〇〇万円、保険期間を昭和五七年一二月二六日から昭和五八年一二月二六日までとする等の内容の自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

3  保険金請求権

(一) 原告らは亡寿光の両親であり、他に同人の相続人は存しない。

(二) 本件保険約款第二章自損事故条項第一条、第二条、第五条及び第四章搭乗者傷害条項第一条、第四条によれば、被保険者の本件事故による死亡に伴い、被保険者の相続人は、被告に対し、本件保険契約に基づく、自損事故保険金金一四〇〇万円と搭乗者傷害保険金金一〇〇〇万円の合計金二四〇〇万円の請求権を取得するものである。したがつて、原告らは、その各二分の一の割合(法定相続分)である各金一二〇〇万円の保険金請求権を取得した。

4  そこで、原告らは被告に対し保険金各金一二〇〇万円、及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五八年九月八日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める(ただし、事故発生時は午前四時三〇分ころである。)。

2  同3の事実中、原告らが亡寿光の両親であること、原告ら主張の保険約款の存在は認め、その余の事実は争う。

三  抗弁(免責)

1  本件保険約款第二章自損事故条項第三条及び第四章搭乗者傷害条項第二条に、被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害については保険金を支払わない旨の免責規定がある。

2  亡寿光は、訴外狭山精密工業株式会社(以下「訴外会社」という。)に勤務する傍ら、スナツク「すめらぎ」(以下「訴外スナツク」という。)でアルバイト(バーテン)として稼働しており、過労状態にあつたが、昭和五八年五月一二日日中訴外会社で勤務し、午後七時から翌一三日午前二時ころまで訴外スナツクで勤務した後、更に同日午前三時から四時ころまで同店の経営者訴外加藤日出美ほか客二名と近くのパブスナツク「イブ」で飲食し、その際同人はウイスキー水割(ダブル)を五杯飲んだうえ、本件自動車を運転して、右加藤らを送り届けて自宅に帰る途中の午前四時三〇分ころ本件事故を起こしたものである。

事故後の同日午前五時三〇分ころ実施された亡寿光に対する呼気検査によると、同人は既に正常な呼吸状態になかつたにかかわらず呼気一リツトル中のアルコール濃度は〇・一ミリグラムであつた。

3  右のとおりで、亡寿光は、連日連夜の労働で極度に疲労が蓄積している上に飲酒したことから、酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で本件自動車を運転し、その際本件事故を起こしたものであるから、被保険者について生じた傷害及びその結果としての死亡について、被告に保険金の支払義務はないものである。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

抗弁1の免責規定の存在は認める 同2の事実中、亡寿光の稼働状況、同人が勤務終了後加藤らとパブスナツク「イブ」で飲食し、同店からの帰宅途中本件事故を起こしたこと、亡寿光に対する呼気検査の結果被告主張のとおりのアルコール濃度が検出されたことは認め、その余の事実は否認する。

同人の飲酒量は被告主張の量よりはるかに少なく、呼気検査結果は「酒酔いの症状」中第一度(微酔)にすら至らない軽微なものである。また亡寿光は前記「イブ」を出てから本件事故現場に至る約七、八キロメートルの区間を正常な状態で運転しており、事故後呼気検査と同時に行われた捜査官の質問にも理路整然と答えている。

同3の事実は否認する。本件事故は、亡寿光が前記加藤らを送り届けた後、気が緩んで前方不注視か居眠りにより発生したものである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生、ただし事故発生時を除く。)及び2(保険契約の締結)の事実、3(保険金請求権)の(一)(相続関係事実)の事実、同(二)の事実中原告ら主張の保険約款の存在の事実は当事者間に争いがない。

二  免責の抗弁について判断する。

1  抗弁1(免責規定の存在)及び同2の事実中、亡寿光の稼働状況、同人が勤務終了後加藤らとパブスナツク「イブ」で飲食し(飲酒量は争いがある。)その帰途本件事故を起こしたこと、亡寿光に対する呼気検査の結果検出されたアルコール濃度(呼気一リツトル中〇・一ミリグラム)は当事者間に争いがない。

2  成立に争いがない乙第一号証、証人加藤日出美、同古島太の各証言及び弁論の全趣旨によれば、

(一)  亡寿光は、訴外会社に勤務し、昭和五八年一月からその傍ら午後七時から翌日午前二時までの間訴外スナツクでもアルバイト従業員として稼働してきていたもので、事故前日の昭和五八年五月一二日も平常どおり訴外会社を午後五時ころ退社した後、午後七時ころから訴外スナツクで勤務し(その間同人は飲酒していない。)、店の後始末を終えて翌一三日午前三時一五分ないし三時三〇分ころより前記加藤ほか客二名と連れ立つていきつけのパブスナツク「イブ」に赴き、同店で午前四時すぎころまで飲食した(同店における同人の飲酒量は明らかではないが、前記呼気検査結果、飲酒遊興した時間が短いことに照らし、多量ではなかつたと推認される。)。その後、同店を出てから、亡寿光は加藤らを同乗させて本件車両を運転し、同人らを送り届けたうえ自宅に帰る途中、同店を出てからら約一時間近くを経過した午前五時ころ本件事故を起こした。なお、本件車両に約四〇分間同乗していた前記加藤は、亡寿光が一度センターラインを少し超えて運転し眠気を訴えたことはあつたが、飲酒に因ると思われる異常な運転操作は認めていなかつた。

(二)  本件事故現場道路は、狭山駅方面(西)から所沢市方面(東)に通ずる総幅員約一〇・三メートル(車道幅員約七メートル)で片側一車線の歩車道の区別がある(北側歩道は幅員一・五メートル、南側歩道は幅員一・八メートルで、いずれも車道とガードレール及び縁石で区分されている。)ほぼ直線で見とおしのよい平担な道路で、当時降雨(小雨)により路面は湿潤の状態であつた。なお最高速度は毎時四〇キロメートルに規制されている。

亡寿光は、本件車両を運転して狭山駅方面から所沢市方面に向け進行中、道路左側のガードレールに衝突した。事故直後実施された実況見分では、現場にスリツプ痕は認められなかつた。

(三)  事故後約三〇分(「イブ」を出てから約一時間三〇分)を経過した午前五時三〇分ころ、交通事故専門係捜査官古島太が搬送先の病院で亡寿光に対する事情聴取に赴いたところ、同人は横臥して点滴を受けていたが、右古島の質問に対し酒酔い状態にありがちなしどろもどろのところはなく、正常に回答し、住所、氏名、会社名、電話番号等もよく記憶しており、同人は古島に対し事故原因につき「酒を飲んで寝てしまつた」旨供述したが、酒臭はほとんどなく、古島は酒に酔つているという印象を受けなかつた。その後呼気検査が行われたが、寿光の呼吸状態に異常は見られなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  右各事実によれば、亡寿光は、前記稼働状況からして疲労の蓄積した状態のもとで飲酒した後、本件車両を運転し、ほぼ直線の本件事故現場道路で、居眠り運転かハンドル操作を誤つたかして道路左側のガードレールに衝突したものであることが認められる(右認定に反する証拠はない。)。しかしながら、その際、亡寿光が「酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態」にあつたかについては、前記程度の同人の体内アルコール保有量から同人が正常な運転能力を欠く状態にあるものと推認することはできないし、また酒に酔つて運転した外部的徴候の存在を認めるに足りる証拠も存しない。

以上のとおりで、亡寿光が「酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態」にあつたとは認め難く、被告の免責の主張は採用できない。

三  しかして、原告らは、被告に対し本件保険約款第二章自損事故条項第一条、第二条、第五条及び第四章塔乗者傷害条項第一条、第四条に基づき、自損事故保険金金一四〇〇万円と搭乗者傷害保険金金一〇〇〇万円の合計額の各二分の一(法定相続分)である各金一二〇〇万円の保険金請求権を取得したことになる。

四  よつて、原告らの被告に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

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